HOME
山形アラカルト
会社概要 地域熱供給 山形駅西口再開発 事業の特長 エネルギーミュージアム 山形アラカルト
山形アラカルト
山形アラカルト
大河ドラマが人気です。
2009年2月21日…直江兼続の兜の「愛」の文字とは?
 暖冬とはいえ、やはり二月、冬らしい寒さに戻りましたが、大河ドラマは人気俳優、女優陣による豪華なキャスティングもあって高視聴率のようです。今回は歴史の流れを主軸に捉えるよりも、その渦中にあった人間模様にスポットを当て、とくに女性に人気の設定、脚本になっているような気がします。

 直江兼続が仕えた上杉家は、越後(現在の上越市が中心)から会津に移封、関が原の合戦以後は米沢に減封となります。ドラマの舞台となる地域の人達は地元のPRで張り切っていますね。もちろん、当県の米沢市、そして有名な長谷堂合戦の古戦場である山形市の長谷堂地区も盛り上がっています。先日、長谷堂城址に上越市の人達がワゴン車を連ねて来ていました。こんなに遠くまで訪ねていただいてどうも…と声をかけると、「私らのとこの智将、直江兼続公が攻めても落とせなかったという不落の城をひと目観てみたいと思い、この長谷堂城址に来たんじゃ」とのこと。おーっ、それはようこそ。
 さて、ドラマの冒頭や本の表紙に必ずといっていいほど、まず登場するのが、兼続が使用していたあの「愛」という一字の前立てがついた兜ですね。兼続が家族や家臣思いの武将だったというのは分かるのですが、自分は「愛」にあふれる武将なのだと、食うか食われるかの戦国時代に吹聴して回るわけもないと思います。あの「愛」の文字は一体何なのでしょう?  これには諸説あり、直江家が元々使っていたものを受け継いだだけとか、愛宕権現を信奉したからという推測もありますが、どうもこれは兼続が「愛染明王」を信奉していたからだとする説が最も頷ける気がします。新潟県の人達には、あちこちに奉られている場所が「愛染さん」と呼ばれて親しまれているようです。愛染明王は、本家のインドではラーガ神といい、愛欲や物欲を否定しない異色の神です。これは元々、人間には欲望があるものだとする考えで、いわゆる現実主義だと思います。欲望を否定せず、それに溺れることなく、うまく付き合っていくということを説いているのです。  兼続が尊敬した上杉謙信は、毘沙門天を信奉していました。そういえば以前、新潟県の機動隊員さん達のヘルメットに「毘」という一字が書いてあるのを見て、治安を守る仕事人達のヘルメット、うーん、なるほどと唸った記憶もあります。若き日の直江兼続は謙信に習い、自分に合った神は?と考え、愛染明王を信奉の対象に選んだのではないでしょうか。そうです、直江兼続は現実主義者だったように思われます。
 それを裏付ける話として、ふたつ。豊臣秀吉亡き後、天下を手中にせんとする徳川家康の耳に、当時は会津にあった上杉家が本格的な城の構築をしているという情報が入ります。背後にいる有力で目障りな上杉家。家康は真意を問いますが、兼続は逆に挑発。怒った家康は大軍で上杉討伐に赴きます。ところが、西方でタイミングを合わせて石田三成が挙兵。上杉討伐どころではなくなった家康が慌てて西に引き返すところを、兼続は討とうとします。しかし、上杉家を継いだ主君の上杉景勝がそれを制止しました。関東管領職をいただいた上杉家が、逃げる敵を後ろから攻撃するなどしてはならないとし、兼続は従います。しかし、侍が背中から斬りつけるような行為とはいえ、食うか食われるかの戦国の世では合理的です。石田三成と呼応しての挟み撃ちの計画だったといわれています。もしこの時、背後から上杉軍に追撃されたら家康の天下はなかったでしょう。家康は石田三成を破り、辛くも天下分け目の関が原の大合戦に勝利します。家康を討てなくなった兼続は、鉾先を家康と同盟関係にあった最上義光に向け破竹の勢いで最上領に攻め込みますが、長谷堂城で阻止されているところへ関が原の結果が入ります。さらに、最上軍には伊達政宗の援軍も合流し、上杉軍は退却を余儀なくされました。徳川幕府は上杉家を会津百二十万石から米沢三十万石に減封します。領国が四分の一になってしまっても、兼続は家臣を一人もリストラしなかったということですが、新たに一から町づくりをしなければならない米沢に、その労力が必要だったのです。家臣達を口減らしのために放出するより、意識を変えるよう説得し、刀を鍬に持ち替えさせて畑を作り、石堤を築いて治水し、道路や館を造らせました。これは合理的ですし、町の無かった土地にやって来た家臣達は、粗末な掘っ立て小屋で暮らさざるを得なかった訳ですから、自然でリーズナブルなことでした。現実主義です。その後、徐々に城下町が形成され、鉱山を開き、織物の新興など産業の基礎を築いたのでした。
米沢の冬を彩る、幻想的な雪灯篭祭り
 この時期、世界は未曾有の危機に直面しています。温暖化、テロ、大恐慌の様相を呈してきた急激な経済危機等々。景気対策ばかり叫ばれていますが、この構造不況下では有効な対策など有り得ない気がします。それよりも、まずは無駄の排除で出血を止め、知恵を出し合って少しずつ余力を蓄え元気玉を作ること…今求められているものは、理想論よりもリーズナブルなこと。直江兼続のような現実主義なのではないでしょうか。
(R.M 記)